豊田泰弘 日本, 1986

豊田泰弘の作品について

赤いマニュキアを施した三本の指先、二つに割ったアボガドの断面、夜の闇に浮かび上がるコンビニ、豊田泰弘の作品はフォーカスとクローズアップによる美の創造です。

作家の、たいせつな、美しい、その時の記録。それに私たちのこころが共鳴します。共鳴できる作品の質を備えているのです。

私たちが必ずと言ってよいほど見知っていて珍しくもない対象を、あたかも始めて出会うものであるかのように、新鮮に意味深く、何かのシンボルであるかのように描く豊田のスタイルは、私たちの日常生活の中に潜んでいる美しいものに気付くための案内役を果たしているように見えます。

その作品からは、ある日ある時の情景を記録して残しておきたいと思う作家の強い意志を感じます。それは、今ここの記録の場合も有り、いつかどこかでの記憶の記録の場合もあります。

豊田はサンドマチエールを下地に使い、光の粒子を重ねるように油彩で描いています。
作品の微細な表面に光が乱反射し、美しい階調をみせ、観るものに懐かしく遠い記憶を呼び起こします。

そのため、描かれた作品をしばらく眺めていると、「いま、ここ」と「いつか、どこか」の境界が消えてゆき「なつかしさ」の情がふつふつと沸きあがり、世界に対する親密な気持ちが高まってゆきます。

豊田作品に感じられる美的情感は、まさに絵画によって私たちにもたらされるものであり、それを観る私たちは、ほのぼのとした、生きている事の充実感を覚えるのです。