北村こう 日本, 1962

1962年石川県生まれ、7歳から京都在住。

 

北村こうは自分の眼が見た「生きもの」を描く。彼はそれらをHUMANIMALと呼ぶ。

それらは、動物の擬人化ではない。「眼球を裏返して網膜の反対側にあるもう一つの現実世界を眺めまわしていた時に、ぼんやりと見えた存在をモチーフとして描いた」という。

したがってそれらは「居る」のである。彼はその「おぼろげで、ともすれば雲散霧消してしまいがちなHUMANIMALの形象と色彩」を油絵具を用いて「描かれるべき真実」として画面に定着させる。作品には「全ての生きとしいけるものに共通感覚として流れる愛の本質」が描かれている、と作者は言う。

北村は大学で哲学を専攻し、卒業後は勤めながら作家になろうと準備をしていた。しかし、ある詩人の作品を読んだことがきっかけで、詩を書くようになった。たとえば次のような詩。

 

<色をなくす>

人の心の色って なに色

笑っている君は オレンジ色

高潔な願いごとは 白

天使の思いやりは 金

近づいてくるおんなだった刻は エッチなピンク色

この 悲しみは ブルー

ジェラシーは 黒

離れて行く二人は 忘れてしまった色

あっと言う間に 消えてしまうのです

丸木橋が墜落して

渡れなくなったクレバスでは

ぼくたちは両手をふりまわして

最後まで最後まで 愛のことばのこだまを飛ばす

記憶の目隠しの濃霧が 朝の家に帰らせてくれるまで

 

2010年以降は絵画にも興味を持ち始め、制作を始める。

その作品の特徴の一つは、北村の想いの強さ、深さ、豊かさを伝えるかのような、幾層ものレイヤーを紡ぎ出す気合の入ったブラッシュストローク。また、愛と世界の奥深さと豊かさを象徴するかのような油絵具の様々な色彩。そして、創造された作品は確かに「それ」が居ると感じられるだけの高い緊張度を有している。強いインパクトで一瞬にして描かれた世界に導かれるものの、それは破壊的ではなく、懐かしさと身体的な親しみに充ちた表現となっている。北村の表現には、直接的にではないにしろ彼の生まれ育った金沢や京都に古くから根付いている仏教哲学の影響が感じられる。この先も北村は「愛の具象表現として」HUMANIMALを描き続けるだろう。